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week14 臨床心理学における実務家教員に求められる力―2つの資格から―


 公認心理師法が2015年に公布され早7年,2018年の公認心理師誕生からも4年の月日が経ちました。この国家資格が誕生したことによって,心理職に関心をもつ学生が各段に増えてきています。それにしたがってこれらの資格養成にあたる大学等も増えつつある状況です。こうした状況下で臨床心理学の教育において、臨床実務を担当する教員に求められている資質は何でしょうか。このコラムでは、現在、臨床心理学を専攻する学生の多くが公認心理師と臨床心理士という2つの資格の取得を目指すという現状を踏まえ、まず,この2つの資格のカリキュラムや特性を検討し、つぎにこれら2つの資格養成に対応した実務系教員の要件や資質について考えていこうと思います。

 1つ目は,公認心理師です。臨床心理士とは異なり,学部課程においても習得すべき単位が定められており,その習得すべき単位が多岐に渡ることが特徴です。「関係行政論」など法律に関する知識や「人体の構造と機能及び疾病」など医学に関する知識が必要な授業があり,これまでより幅広い分野の知識の教授が必要になります。そして,大切になるのが「心理実習」「心理演習」の実習演習科目です。実習演習科目の担当教員になるためには当面の間,「大学(大学院及び短期大学を含む。)において、教授、准教授、講師又は助教として、心理分野の教育に係る実習又は演習の教授に関し3年以上の経験を有する者,専修学校の専門課程の専任教員として、心理分野の教育に係る実習又は演習の教授に関し3年以上の経験を有する者」であることが条件として定められており,実習演習の教授経験がないと公認心理師の実習演習科目の指導ができないことになっています。これは公認心理師養成課程では、学部課程の段階から、臨床実務と教育指導歴がある指導者から実務を学ぶことを義務付けるものであり、この資格ではいかに「実習」「演習」が重視されているかが読み取れます。このようなことから,現在、大学等の臨床心理学の教員の公募では、先述したような教育指導歴を満たしていることが要件に挙げられていることが多くなっており,公認心理師養成のため,大学等においても教員に求められる資質の中で「実習・演習指導」が占める割合が、実際に高くなっていると言えます。
 一方で,臨床心理士養成課程において「特論」「演習」に関しては臨床心理士有資格者の専任教員があたることとされていますが,教員の教育歴等は問われていません。しかし,修士論文研究を必須とする、修士課程における指導が中心となることからも,臨床心理士養成課程に携わるにあたっては、やはりある程度の教育指導歴が必要であると言わざるを得ないでしょう。

 このような資格の養成課程の特質から、今後、臨床心理学の実務家教員にはどのようなことが必要とされ、重視されることになるでしょうか。まず,豊富な臨床実務経験があることは当然の前提のうえで、さらに「実習・演習」に関する指導経験や教育歴を積んでいくことが必須と言えます。実習・演習指導においては,講義形式の授業とはちがい,現場実習場面や現場を想定した演習場面で、まさに「今ここで」起き、直面する問題や出来事に,即応的・即時的に学生に実技指導を行うことが必要です。実務経験を重ねられた方は、たくさんの実践知をお持ちであるわけですが、それらの実践知をさまざまな状況で、またさまざまな技能習熟度の学生に対して、助言・指導という形で、学問的根拠のある技術知として継承していくための学問的視点が欠かせません。つまり、実践知の体系化、言うなれば「実践と理論の融合」が不可欠となるのです。そして,それを学生とのコミュニケーションの中で伝えていく相互作用的で創発的なコミュニケーション力1)も求められます。従来の臨床心理学の学習では,直接的な技術指導というよりも、高度な技量をもった教員陣の実践のあり方を見て、学生が自然に学ぶ(まねる)ことが重視されてきたきらいがありましたが,現在の大学・大学院における臨床実務指導は,科学的なエビデンスに基づく一定基準の実践的専門知の確実な修得が重視されており、なおかつそれが教室でなく、現場もしくは現場に近い状況で、相互作用的に行われることが求められているのです。また,法律に関する知識や医学に関する知識等、これまでよりも幅広く他分野との「連携的視点」を踏まえて実践知を教授できることが教員の強みになることが予想されます。さらに修士課程における指導も視野に入ってくることから、学生の研究に対する倫理指導や研究指導ができることも求められます。従前からあった講義形式での学びも依然として重要ですが、現在の臨床心理学における「学び」の方法はいっそう多様化しており,幅広い教授形態に対応できる教員が求められていると言えます。
2つの資格が整備されたことにより,臨床心理学が注目を集めるようになりましたが,それと同時に教員として科目を担当するための条件も細かく定められ,より多くの実践的専門知およびそれについての多様な教授法のスキル・資質が教員に求められるようになったというのが現状です。TEEP心理カウンセリングコースでは、これまで述べてきたように、臨床心理学における大学教育・大学院教育の動向をつぶさに見定めていきながら,実務家教員として求められる教育的資質に対応するべく尽力しています。

1)学生の能動的姿勢や関与を尊重し、同時に非権威主義的な対話を通じて学生の現場体験を深め、新たな体験の意味づけを構成していく弁証法的対話法を意味しています。


【文責:神谷栄治(中京大学心理学部 教授) 不破早央里(中京大学心理学部任期制助手)】
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