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ホーム >  コラム >  month8 多様性と社会の分断について、心理学の視点から考える

month8 多様性と社会の分断について、心理学の視点から考える


 近年、グローバル化や情報技術の発展により、多様性が社会の中でますます重要なテーマとなっています。異なる文化や価値観を受け入れることは、豊かな社会を築くための基盤といえます。しかし一方で、多様性が強調されることで社会の分断が深まるケースも見られます。これを社会心理学の観点から考えると、多様性を受け入れるための鍵が見えてきます。
 まず、多様性が分断を引き起こす原因として、「社会的アイデンティティ理論」が挙げられます。人間は自分が所属する集団(内集団)を強く意識し、その集団に対する忠誠心を持つ傾向があります。この内集団と外集団の区別は、他者を理解する際の手掛かりになりますが、同時に「私たち対彼ら」という対立を生むこともあります。たとえば、異なる文化背景を持つ人々が同じ地域に暮らすとき、内集団への帰属意識が強すぎると、外集団への偏見や排除感が生じやすくなります。
 さらに、多様性に関する対立は「ステレオタイプ」と密接に関連しています。ステレオタイプとは、特定の集団に対する固定観念のことです。社会心理学では、ステレオタイプは新しい情報を効率的に処理するための心理的なショートカットとされています。しかし、この固定観念が偏見や差別につながる場合があります。たとえば、職場で異なるバックグラウンドを持つ人々が協働する際に、「この集団の人は○○だから」という思い込みが、円滑なコミュニケーションを妨げることがあります。
 また、多様性に伴う分断は「集団間の競争」でも激化することがあります。社会心理学の研究によれば、限られたリソースをめぐって異なる集団が競争するとき、敵対感情が高まりやすいとされています。たとえば、移民が増加する社会では、職や教育の機会をめぐる競争が激化し、一部の人々が「自分たちの利益が脅かされている」と感じることがあります。この感情が、多様性を拒絶する態度につながる場合があります。
 では、多様性を社会の分断ではなく調和に結びつけるためにはどうすればよいのでしょうか。一つの解決策として、「接触仮説」が挙げられます。この理論によれば、異なる集団の人々が適切な条件下で互いに接触することで、偏見が減少する可能性があります。その条件とは、平等な地位、共通の目標、協力的な関係、そして制度的支援です。たとえば、職場や学校で異なる背景を持つ人々が協働し、一緒に成果を上げる経験をすることで、互いの理解と尊重が深まるでしょう。
 さらに、教育やメディアを通じて、多様性の価値を広く共有することも重要です。多様性は分断を引き起こすリスクを伴いますが、それ以上に社会に創造性や新しい視点をもたらす可能性を秘めています。そのためには、個人が他者を尊重し、異なる視点を受け入れる姿勢を持つことが求められます。
 多様性を受け入れることは簡単ではありませんが、それによって得られる社会的な豊かさは計り知れません。社会心理学の視点を活かし、分断を乗り越える努力を続けることが、調和のある未来を築く鍵となるでしょう。

【文責:中京大学心理学部 教授 神谷栄治】
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