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week83 「推し」の心理学


 「推し」とは、特定の有名人、スポーツ選手、アーティストなどに対する強い愛情や支持を表す言葉です。また、そうした強い感情を向けている人物を指して単に「推し」と表現することもあります。このような「推し」にまつわる活動は「推し活」と呼ばれ、さまざまな形があります。たとえば遠路をいとわず「推し」の出るライブやイベントにひんぱんに出向いたり、関連グッズを購入したり、ゆかりの場所を巡ったりすることなどです。若い世代を中心に「推し活」は広まっています。今回は、「推し」や「推し活」の心理学的な側面に焦点を当て、その意味や意義を探ってみましょう。
 まず、「推し」が人々にとって重要な存在となる理由を理解するには、所属感とアイデンティティという概念が有用です。特定の「推し」を応援することは、個人に所属感をもたらし、自己アイデンティティの一部として認識されます。ファンクラブやオンラインコミュニティへの参加を通じて、個人は「推し」と同じコミュニティに所属していると感じ、その所属感が居場所となり自己アイデンティティの形成の一助となるのです。
 さらに、「推し」に対する感情は、共感や有能感といった複雑な感情をもたらします。「推し」への共感や感情移入には「推し」と自己との情緒的つながりの形成があり、このことによって、他者理解や自己理解が促され、人間関係への洞察力が深まることになります。また、「推し」の活動をずっと見守り続け、「推し」がようやく何かを達成したり成功したりする経過をともにするようなことがあると、「推し」の成功が、まるで自身の成功のように内心感じられ、自らも達成感や有能感をおぼえ、励ましを得る要因となります。
 また、「推し活」は、健康的な逃避として機能することもあります。日常生活のストレスや緊張から逃れ、ポジティブな感情を体験する手段として、「推し」の存在は心の健康に貢献します。疲れた日々の中で「推し活」に心おきなく没頭することは、心のリフレッシュとして役立ち、精神的な安定感や「張り」をもたらします。
 ただし、「推し活」には注意も必要です。いきすぎた執着や依存になると、現実逃避の習慣となったり、嗜癖行動になったりすることがあり、現実適応に悪影響を及ぼす可能性があるのです。バランスを保ちつつ、「推し」を楽しむことが大切となります。
 こうして検討してみると、「推し」や「推し活」は、人々のなかでも特に若者の心の動きやアイデンティティ形成につよい影響を及ぼしていることがうかがえます。所属感、共感的人間理解、自己効力感、ストレス発散など、多くの要因が「推し活」の背景にあるのです。適度に「推し」や「推し活」を楽しむことは、生活の彩りや張りとなり、心の成長にとって肯定的な影響がもたらされるということが言えるでしょう。

【文責:神谷栄治 中京大学心理学部 教授】
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