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week68 教育にリアリティを求める


生活の一コマ:ゴミ捨て場
【撮影:高知県立大学 木下真里】

 どの大学においても、資格取得を目指す医療福祉系学部の教育は、その分野の実務経験豊かな教員が担うことが基本となっています。しかし、こうした実務家教員が、本来の大学教育として幅広い視野を養う教育を行うことは必ずしも容易ではありません。とりわけ、異なる環境で生活する海外の人々の健康課題について学習することは、学内で実施する教育では特に難しいと思います。授業の一環として海外フィールドワークに出かける場合もありますが、学生の経済的負担を考えると参加できるのは一部の学生に限られますし、治安や衛生状態など安全上の理由から、スラムや紛争地など、よりディープな場所に行って教育することはほぼ不可能です。
 グローバルに活躍できる人材の育成を目指している高知県立大学看護学部においては、看護学部1回生が受講する必修科目の中で、スラムで生活する労働者の健康問題について学ぶ授業を実施しています。担当教員自身が、実際に開発途上国の貧困地区で経験した事例をもとに、学生にも理解しやすく、また実在する人物、団体等のプライバシーに配慮して再編成した架空の事例をもとに、貧困がどうやって健康問題につながるか、さらに健康問題がどうやって貧困を招くのか、看護学には何ができるのかを具体的に考える、という授業です。
 まず、多くの写真やイラストを使って、開発途上国の工業地帯の労働者の日常を説明します。臭いや音、気温、湿度、風の吹き方など、再現できないことは多数ありますが、それでも、多くの学生が、自分の場合に置き換えて考えることができているようです。
 そのうえで、いくつかの事例について考えていきます。例えば、こんな事例です。
 ある日、働き者で子煩悩な父親が疲れた悲しい様子で訪ねてきてこう嘆く。「3歳の息子が肺炎になってしまった。」
続いて、学生に「なぜ子供は肺炎になってしまったのか」少人数で相談しながら考えてもらいます。最初は「不衛生な環境で汚染された空気によって肺炎にかかった」「食べるものがなくて、栄養状態が悪くて肺炎にかかった。」など、学生は短絡的な回答を次々に述べます。しかし、この事例についてさらに学習をすることによって、背景には、実は途上国の医療サービスの特徴や、搾取の問題など、もっと複雑な事情があることを学習することになります。
 このように、よりリアルな事例について学習するができると、学生は自分たちとの共通点を見つけることができて理解が深まるだけでなく、さらには、自分たちの身の回りにもある課題に気付くきっかけとなる場合も少なくないようです。また、先進国と開発途上国に画一的に優劣をつけることから、途上国の社会には我々の社会より優れた点もあるということにも気づく学生もいて、より深い学習ができていることを実感しています。

生活の一コマ:洗濯物
【撮影:高知県立大学 木下真里】

 先日は高知県内の高校生を対象に、この事例を使った出前授業を行いました。高校生向けに、開発途上国の社会経済状況や、病気の名前や症状、治療方法などについて解説を追加しましたが、授業後のアンケートでは、高校生もこの事例をよく理解し、深く考えることができたようでした。「今までは、貧乏だと病気になると単純に思っていたが、実際にはもっと複雑なことがあるのだと知って驚いた。」「今まで看護にあまりいいイメージを持っていなかったが、看護は医療の手伝いだけではなく、貧しい人々が病気になることを予防したり、病気の状態から貧困を予防したりすることも含まれると知って、考えが変わった。」などの回答がありました。

【文責:高知県立大学看護学部 教授 木下真里】
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