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week22 全員一致のダメ出しって…


 今年、在外邦人に最高裁判所裁判官の国民審査権を認めてこなかったことについて、最高裁判所が違憲判決を出すのと同時に、国家賠償請求も認めました(令和4年5月25日最高裁大法廷判決)。
 国民審査は、衆議院選挙のときに同時に行いますが、以前の別の判決で、外国に住んでいる日本人にも衆議院小選挙区の選挙権を認めないといけないとする判決が出されており、現在は、外国に住んでいる日本人にも衆議院小選挙区の選挙権が認められています。それなのに、同じときに行う国民審査権は認めてないっておかしいでしょ!というわけです。
 さらに、今回の最高裁判所の判決では、そのことについて国家賠償請求も認めています。きちんとした法改正などをしない(法学の世界では「立法の不作為」といいます)せいで生じた損害について、国家賠償を認めるのは、憲法違憲のために法改正等が必要なことが明白であるのに長期にわたって法改正等を怠った場合等となります。つまり、よっぽど酷い場合にだけ認められるわけです。

 今回、最高裁の裁判官は、全員一致で国家賠償請求を認めています。つまり、最高裁判所の裁判官が、全員、口をそろえて、よっぽど酷い!って言っているわけです。
 いやはや、国民を代表する国会議員が最高裁判所の裁判官から全員一致でダメ出しされるって、どうなのでしょう。
 しかし、このことは、憲法学的な1つの難題の提起でもあります。
 つまり、一方では、民主主義も万能ではないのだから、選挙で選ばれた国会議員も間違いもするので、それを正す裁判所の役割は重要であり、この判決は、その役割を果たしたものである!と肯定的に評価することもできます。しかし、(国民審査があるとはいえ)選挙で選ばれたわけでもない裁判官たちが、選挙で選ばれた国会議員たちの判断にダメ出しするって、民主主義に反している!と否定的に捉えることもできるかもしれません。いわゆる「立憲主義と民主主義との緊張関係」が生じているわけです。
 TEEPでは、持続可能な社会の構築を重視していますが、この緊張関係も、それに関わる問題の1つです。立憲主義だけ重視して民主主義を無視したら社会の持続性はなくなりそうですし、逆に、民主主義ばかり重視して立憲主義を蔑ろにしても、やはり社会の持続性は失われるでしょう。そのため、持続可能な社会を構築するには、この緊張関係を乗り越えて、2つを両立させなくてはならないわけです。
 このような一見すると二律背反的な要請を、いかにして調整して両立するための新たな「知」を創造するのか、そうした思考と教育プロセスが、これからの大学教育に求められているような気がします。

参考:ウエストロー・ジャパン「今週の判例コラム」
https://www.westlawjapan.com/column-law/2022/220704/

【文責:小林直三(名古屋市立大学大学院人間文化研究科 教授】
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